ここ市川行徳でも雪が゜・・・! [日記]
平成26年2月8日土曜日 雪
なんて昔の絵日記だとこう記してから日記の本文が始まります。ここ市川行徳地区も雪が降り続いています。おそらくこの日の朝から降り続いているのでしょうね。それがこれ・・・!
まだまだ雪が降る状態が続きます。我がおんぼろマンションのベランダもすっかり雪景色です。あーあこんな時あの仕事をしていたらとおもうとぞっとします。そしてあの年下の工場長の怒鳴り声が聞こえてきそうです。私もよくぞそれに関して我慢しました。我が亡き実父の教えが忍耐の忍の字でしたからね。
最近かまってあげてないメダカ君たちのねぐらもすっかり雪に覆われています。やつらは暑さより寒さが強いので、多分大丈夫でしょう?
そんな雪の日は読書に限ります。こんな単行本がありました。泉麻人さんの「僕の昭和歌謡曲史」というものです。ここで泉氏もこのことが書かれてありました。
このEPは最近、近所のバッタ屋で購入したものです。300円もしましたが、思い出の品だったので即ゲットしました。これは私が小学校時代に亡き実父が買ってきてよく聞いたものです。そして当時住んでいたところが墨田区向島だったので、この手の花街チックな楽曲にはもってこいの場所でありました。
所が今回その泉氏の文章とこの楽曲を聞いてわかったのですが、京都あたりの花街界隈をうたったものでした。一番の歌詞に
富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も・・・・やら
二番の歌詞の
妻と云う字にゃ勝てやせぬ 泣いて別れた河原町・・・とあります。
今回妻との京都夫婦旅行でこの地を訪問して、このアナログ盤で歌われた地域が墨田区向島ではなく、京都先斗町や京都河原町だったということが50年以上のときを経てわかった次第です。まさにスキルなしの私がここでもあらわれました。そして・・・
これは先斗町の入口ですか。いいねぇ。いきだねぇ、といいたい感じがしますよ。東京にはこの手の横丁はありませんね。多分ね。この町名がポントチョウということは、前述のお座敷小唄で聞いていたので知ってました。それとこの入り口近くにこんなものが・・・
いやぁ京都ですよこれは。自販機までこのようなペイントを施してありました。流石観光都市に徹しているところは見上げたものです。我が妻の生まれ故郷・千葉銚子もそこいらじゅうに魚・魚・魚を施したアレンジを是非してもらいたいものですが・・・?
そして河原町ですが。結構若者が集うところのようで、前回アップした写真に唯一河原町の文字がありました。それが・・・!
とにかく人と車が多い地区でした。そしてかなり活気がありましたし、京都の別のパワーをここで感じました。それはスピリチュアル的なパワーとは違いましたよ。そして河原町からはほど遠いのですが・・・
なに気にこのようなレトロな建物が存在しているのも京都チックな感じがしました。三条大橋近くでした。ここより先斗町も近いですし、京都河原町もすぐそばでした。とまぁ雪の降ったことでこの楽曲を思い出し、それが泉さんの著作本に載っていたこともクリビツテンギョウでした。さぁこれからどのぐらいここ市川行徳地区に雪が降り続くのでありましょうか?オチマイ。
タグ:お座敷小唄
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